子どもの困り感を乗り越える ポジティブ行動支援(PBS)の基本と家庭・学校での実践
ポジティブ行動支援(PBS)とは? 子どもの行動を理解する新しい視点
子育てや教育の現場では、子どもが示す様々な行動、特に「困った行動」と呼ばれるものにどう向き合うか、日々考えさせられることと思います。叱っても効果がない、一時的には収まってもまた繰り返される、といった経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
ポジティブ行動支援(Positive Behavior Support: PBS)は、このような「困った行動」を単に問題視するのではなく、その行動がなぜ起きるのか、子どもは何を伝えようとしているのか、といった背景や目的に目を向け、環境を整えたり、望ましい行動を教えたりすることで、子ども自身がより良い形で社会と関われるように支援するアプローチです。これは、特定の診断の有無に関わらず、全ての子どもたちの多様性を尊重し、その子の強みを生かしながら成長をサポートする「受け入れる教育」の理念にも深く根ざしています。
従来の行動への対応が「問題行動をどう止めるか」に焦点を当てがちだったのに対し、PBSは「どうすれば困った行動が起きにくい環境を作れるか」「どうすれば子どもが望ましい行動を選びやすくなるか」というポジティブな側面に焦点を当てます。この考え方を理解し実践することは、子どもとの関係性をより良くし、子どもの自己肯定感を育むことにも繋がります。
なぜ困った行動が起きるのか? 行動の背景にあるもの
子どもが示す「困った行動」には、必ず何らかの理由や目的があります。例えば、大きな声を出してしまう行動の背景には、「注目してほしい」「嫌なことから逃れたい」「自分の気持ちをうまく言葉にできない」といった、様々な理由が考えられます。PBSでは、これらの行動の背景にある「機能」、つまりその行動によって子どもが得ている結果や目的を理解することが非常に重要だと考えます。
行動の背景を理解するためには、客観的な観察が有効です。 * 行動が起きる前(先行詞): どんな状況で、何があったときにその行動が起きたのか?(例: 宿題を始めようとしたとき、騒がしい場所にいるとき) * 実際の行動(行動): 具体的にどのような行動が見られたか?(例: 大声で泣き叫ぶ、物を投げる) * 行動の直後(結果): その行動をとった後、どうなったか?(例: 宿題をしなくて済んだ、先生が駆けつけてくれた、友達が笑った)
これらの3つの要素(ABC分析:Antecedent-Behavior-Consequence)を整理することで、行動の背景にある「機能」が見えてきます。その機能(例: 回避、要求、注目獲得、自己刺激など)が理解できれば、単に「困った行動」を叱るだけでなく、その行動が持つ機能をより建設的な別の行動(代替行動)で満たせるように支援したり、行動が起きにくいように環境を調整したりする具体的な方法が見えてきます。
家庭で実践するポジティブ行動支援のポイント
家庭は子どもが最も安心できる場所であり、PBSの考え方を実践しやすい環境です。以下のポイントを参考に、日々の関わりに取り入れてみてください。
1. 望ましい行動を具体的に伝える
「ちゃんとしなさい」「静かにしなさい」といった抽象的な指示ではなく、「おもちゃを片付けようね」「座って絵本を見ようね」のように、具体的にどのような行動をしてほしいのかを分かりやすく伝えます。視覚的な情報(絵カードや写真など)を活用するのも有効です。
2. 望ましい行動を積極的に褒める・認める
子どもが望ましい行動をとったとき、例えば指示通りに片付けができた、友達に優しくできた、静かに待つことができた、といった際には、すぐさま具体的に褒めたり認めたりします。「片付けができてえらいね。おもちゃ箱に全部入ったね」「〇〇くんが静かに座って待っていてくれたから、助かったよ」のように、どの行動が良かったのかを具体的に伝えると、子どもは何が良い行動だったのかを理解しやすくなります。褒めること以外にも、笑顔を見せる、ハイタッチをする、一緒に遊ぶ時間を増やすなど、子どもにとって嬉しい結果(強化子)を与えることも効果的です。
3. 困った行動の「きっかけ」を減らす環境調整
行動の背景が理解できたら、その行動が起きやすい状況やきっかけ(先行詞)を減らす工夫をします。例えば、特定の場所でトラブルが多いなら席の配置を変える、課題が難しすぎて投げ出してしまうならスモールステップに分ける、といった物理的・時間的な環境を調整することが有効です。事前にルールや流れを伝えて見通しを持たせることも、不安を減らし困った行動を防ぐことに繋がります。
4. 困った行動が起きたときの冷静な対応
困った行動が起きたときも、その行動自体に注目しすぎるのではなく、冷静に対応することを心がけます。感情的に叱るのではなく、クールダウンできる場所へ誘導する、危険な状況であれば安全を確保する、といった対応を優先します。そして、困った行動の背景にあった「機能」を満たす代替行動を教え、「こうしたいときは、代わりにこうしようね」と具体的な方法を提示します。
学校との連携:家庭と学校で一貫したサポートを
ポジティブ行動支援の考え方は、学校という集団の場でも非常に有効です。学校全体でPBSの理念に基づいた共通理解を持ち、子どもたち一人ひとりの行動特性に応じた個別的な支援を行うことが理想的です。
保護者としては、学校の先生と積極的に連携し、家庭での子どもの様子や困り感、それに対する家庭での工夫などを共有することが大切です。学校の先生も、子どもが教室でどのような行動をとっているか、どのような時に困りやすいか、どのような支援が有効かといった情報を保護者に伝えることで、家庭と学校で一貫した理解とサポートが可能になります。
もし、学校で子どもの困り感について相談する機会があれば、単に「こんな行動があって困っています」と伝えるだけでなく、「家では〇〇な時に△△という行動が見られます。その時は◇◇と声をかけると落ち着きやすいようです。」といったように、行動の背景や家庭での対応で効果があったことなどを具体的に伝えると、先生も子どもへの理解を深めやすく、連携した支援を考えやすくなります。
子どもの「個別支援計画」にPBSの考え方を取り入れてもらうよう相談することも可能です。特定の困った行動について、家庭と学校で共通理解を持ち、同じ目標に向かって具体的な支援方法を共有することは、子どもの安心感にも繋がります。
まとめ:子どもの成長を信じ、前向きな一歩を
ポジティブ行動支援は、子どもの困った行動の背景にあるメッセージを読み解き、環境や関わり方を調整することで、子どものより良い成長を後押しするパワフルなアプローチです。決して魔法のような解決策ではありませんが、子どもの可能性を信じ、肯定的な関わりを増やすことで、必ず変化は生まれます。
全てを一度に完璧に行う必要はありません。まずは一つ、気になる行動の背景を観察してみることから始めても良いでしょう。そして、一人で抱え込まず、学校の先生や専門家、地域の支援機関とも連携しながら、試行錯誤を重ねていくことが大切です。
この記事が、子どもの多様な行動を理解し、より前向きな関わりを実践するための一助となれば幸いです。